ザンギエフ

近頃、駅のホームで平然とタバコをふかす人とか、ギャーギャー大声で携帯で話す人とか、パンパンに膨らんだディパッグを背負ったまま満員電車に乗り込んでる人とか、公共的な場でマナーのなってない人を見ると、「ぼくがザンギエフだったらなぁ。」と思います。

そんなぼくは、心の中では渦巻く暴力で興奮気味なのに見て見ぬふり決め込む気弱とも言える人物ですが、思い通りな手段に訴えたとしても、強靭な肉体と技が無いことには目も当てられない結果になるのはMeであろうことは明快な訳で、それは「想像の中だけでバーチャルな戦闘と勝利に酔いしれる」ことにしておき、危険な行為に歯止めをかけて慎重な行動を取れる、良識ある人物とも言えるのではないかと。

こんな良識を持つことができたのは、ひとえにゲームや漫画・アニメ、映画などから受けた影響のおかげだなぁと。ここで主張したいのは、暴力に限らず様々な描写から受ける影響をどう消化するかは個人の資質もあるのであって、「現実の暴力行為の原因=暴力描写」とするのは、早計過ぎるということです。

「それじゃ、強靭な肉体と技を持っていたら、行動に出るの?」とか聞かないでください。もちろん、あの技です。