不思議な人

昔、京都の会社に勤めていた時。季節は初夏だっただろうか。その日は何かの用事があって、ゆっくりと遅刻出勤していた。昼前の普通電車は人も少く、椅子に座ることができる。

途中の駅からその女性は乗車し、自分の隣に座った。歳は20代後半ぐらい。腰まで届く長い黒髪、厚手の真っ白な長袖シャツ・ロングスカートは黒いベルトで締められている。姿勢正しく背筋を伸ばして足を揃え、良家のお嬢様といった感じなのだけど、どこか違和感を漂わせていた。

その人は一息つくと、カバンからタウンページを取り出した。一番最初を開き、ピリピリピリ… ゆっくりページを破り始めた。綺麗に破り取ると、丁寧に折りたたみ、横に置く…それを繰り返す。「うふ。うふふふ。」笑いながら。

背筋が凍った。やばい!これは本気でやばい人だ!そんな人が自分のすぐ隣、肩が触れ合おうかという距離に!あと数駅で目的の駅。平静を装い、祈るように時を過ごした。結局それ以上のことは何も無かったのだけど、怖かった。

それはただの暇つぶし、ストレス解消なのかもしれない。ひょっとしたら、実はさらに高次元で、その行為に恐れ慄く周囲を見て楽しんでいたのかもしれない。だとしたら、大した演技だったな。駅に着き、席を立つ自分や周りの人の動きに目もくれず続ける、念の入ったものだった。